バーチャル寺院IN京都

 やさしい 法 話 の コ ー ナ ー 

亀 龍 院

手前へ戻る ホームページへ戻る

   魚板のおはなし


 魚の形にて魚のようでないこの木 魚よりも、私達が知っている最も魚らしい形をした法具に魚板というのがあ ります。

 これは木魚の原形であるともいわれておりますが、この形は木魚のように 体を丸めて頭と尾を付けている姿ではなく、頭から尾までを真っすぐに伸ば した、通常の魚の姿をしております。
 禅宗系の寺院でよく見受けられるこの魚板ですが、その呼び名は「魚鼓」、 「木魚鼓」、「邦」と様々です。
 これは木魚のようにお経や御真言をお唱えする時の、調子をとる為に使わ れるのではなく、行事や法要、儀式の始まりを山内の皆に報せる為に打ち鳴 らされるものです。
 又食堂にあるこの魚板は、修業僧の食事の時の合図にも 使われております。

 以前に福井の「永平寺」にお参りさせていただいたおりの事ですが、参拝 者から「なぜお寺なのに魚なのか?」 お寺は精進料理であり魚や肉は似合わないのではないか、という質問がなさ れました。

 その時説明にあたっておられた雲水(修業僧)はすかさず、「池の鯉に餌 を与える時、ポンポンと石や板とか手を叩くと魚があちらこちらから集まっ て来るでしょう。」と笑顔でお答えになられました。
 魚板の打ち鳴らす音を聞いて雲水たちが食堂に参集する様を表現したもの ですが、なかなかうまく言い表わしたものだと、感心いたしました。

 京都の宇治にある黄壁山「万福寺」の斎堂で使われている魚板は長さ2m を超える大きさで有名です。
 魚体を真っすぐに伸ばして大きな口で玉をくわえた魚のこの姿をしてここ 「万福寺」では次の様に説明されておられます。

 「時間の流れは二度と帰るものではなく『一期一会』なるが故に、このま まの形をしている。又玉を喰えているのは私達の心になぞらえて貪・瞋・癡 の三毒を表している。
 この三毒のない世界を極楽浄土と申します。」  打ち鳴らされるこの魚板の音を聞いた修業僧が、少しでも自分に宿してい る、むさぼり・いかり・おろかさの三毒を浄化しなければいけないという意 志を固めて、日々の修業に励み、み仏の御前で始める行事や儀式に参集する ことを意味するものです。

 「我れ昔より造るところの諸の悪業は、皆、無始以来の貪・瞋・癡の三毒を因 とし、身と口と意より生ずる所なり、いま一切をみ仏の前に懺悔し奉る。」

         「懺悔文」より

 悪業の多い私達ですが、清らかな真実の心をもって仏に帰依し、日々精進 したいものです。
                      合 掌

手前へ戻る ホームページへ戻る

ご拝聴ありがとうございました。