バーチャル寺院IN京都

 やさしい 法 話 の コ ー ナ ー 

亀 龍 院

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    梵鐘のお話し

 お寺には鳴物といって、音の出る法 具が多くあります。
それらはお経のリ ズムをとるもの、法要の始まりを報せ る為のもの、時刻を報せる為の音とそ れぞれ使い分けがなされております。

 その中で一際大きく重量のある大鐘 が梵鐘というものです。これは「鐘楼」 または「釣り鐘堂」という屋形の内に 釣り下げられております。
 僧侶は時刻になると先ず鐘に向かい て合掌礼拝し打鐘の経文を唱え、丸太 のような大きな木で出来た撞木で、調 子を取り体重の力を借り一気に付くの であります。

 この梵鐘の「梵」は、清らかでけが れの無いことで清浄を意味しますので 清浄な鐘ということになるわけです。
 毎日明け方と夕刻に打ち鳴らされま すのは僧衆に時を報じるとともに、暁 鐘は夜の眠りを覚ますため、晩鐘は心 の暗さを覚ます為のもので、「一切衆 生煩悩離脱」の為に打つものとされて おります。
 落ちる夕日に、遠くから鳴り響く晩 鐘の音、この情景は私たちの心をなご ませてくれる、ひとときでありまさに 平家物語の「祇園精舎の鐘の声、諸行 無常の響きあり‥」の感がございます。

 昨今ではこの「お寺の鐘」もほとん ど耳にすることも無くなってしまいま したが、年末の大晦日には、各テレビ で「除夜の鐘」として放映され自宅に 居乍らにして見聞きできて便利な時代 になりました。
「しかしテレビの音で はネー、諸行無常、煩悩、清浄といわ れたってネー」と嘆くより今年こそ家 族揃って是非近くのお寺に出掛けてみ てください。

 除夜とは、除日(旧年をとり去る日) の夜の意味で大晦日の夜をさします。 この時打ち鳴らされる鐘を除夜の鐘と よび、百八回打ち鳴らす習わしになっ ております。
 この除夜の鐘の由来には諸説がござ いますが、一般には私たちの持ってい る百八煩悩を除く意を込めて、大晦日 (除夜)に百八回打ち鳴らすというも のです。

 私たちが百八の煩悩を持っていると 申しますと、「いや僕は清廉潔白だか ら百八もないよ!」とか「たったのそ れだけ!」といったように、自覚のさ れようは、人により千差万別ですが、 自覚の有る無しにかかわらず、生きる 私たちには非常に多くの煩悩があると いうことです。

 このように無数の煩悩を私たちは持 っているわけですが、平素はなにかと この事を忘れがち、せめても大晦日に は、鐘の音とともに一つずつ消して、 新しい気持ちで清々しい気持ちで新年 を迎えたいものです。

一年の反省 とともに、一年無事に過ごさせていた だいたことに感謝し、清浄で爽やかな 新年をお迎え下さい。

合 掌

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